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HERMES
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2010-01-18
テーマ : つぶやき
ルールを変えることはいけないことなのでしょうか。ルールが変わってしまうと今までの既存の競争が一変します。日本には、受け入れがたい理不尽なルールであってもルールは規範であり守るべき基準だと信じている人が多いです。ルールが替わり変更することでルール自体が軽視されルールが守られなくなる。本当にそうでしょうか。





ルールは社会が決める決まりです。ルールが変わらなければ『絶対』が存在することになります。同じパターンでいわゆる『嵌める』ことができ、その絶対性を維持することができるのです。そのルールで評価されるのですから、これを乗り越えるには同じ土俵で想像を絶する努力をしなければなりません。それが現在の閉塞感に繋がっている気がするのです。



繰り返しになりますが、ルールが変われば既存のあり方がすべて変わります。あり方が変われば競争がフラットになります。いわゆる『フェア』になるのです。このフェアにする行為が否定されることで困るのは絶対の座に座っている人であり、嵌められている人は喜ぶべきことのはずではないでしょうか。



自然界にもたくさんのルールがあります。そのルールは常に変化に晒されています。自然界は何万年も通じて環境の変化というルール変更に併せて、自然淘汰という形でルールに適応してきました。そして、現在があるのです。



同様にゲームにも必ずルールがあります。ゲームのルールは楽しむためにあります。ルールが一方を依怙贔屓して、絶対に勝たせるような仕組みになっていれば、参加する人達は楽しむことができません。楽しむことができないということは、参加人数が減ることを表しています。



そうなればゲームが縮小し始めます。と同時に独走をしているプレーヤーが競争相手の不甲斐なさに怠慢を起こし始めます。そうなれば、ゲーム『セット』ではなくゲーム『エンド』です。そのゲームは続かないのです。続けようとすれば必ず軋みがきますし、無理が生じます。そこから、日本のお家芸『我慢大会』が始まるのです。



ルール変更を否定することは、ゲーム自体を終わらせることに繋がる。



適正な競争環境(自然状態の変化)を保つことが、生き残る種としての価値を高めることにつながるのではないでしょうか。あらゆるルールは変更されなければなりません。それは維持させるための必須の要件ですから。



適切なルール変更は、観客と選手の数を確実に増やす。その最も顕著な例がサッカーだろう。世界で最も多くの人が楽しむこのゲームを考案した、いや正確には世界各地でそれぞれ独自勝手なゲームとして遊ばれていたこれを「サッカー」というゲームにまとめなおしたイングランドは、今や数ある「列強」の一つにすぎない。



そうなったからこそサッカーは英国人のゲームではなく人類のゲームとなった。もしイングランドが自分に有利なルールばかり提案していたらどうなっていただろうか?。

こう言う考察は好き。
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